Trip & Basketball in Indiana
はじめに
1998年12月27日から、1999年1月8日まで、私は、アメリカ インディアナ州 ブルーミントンという町に滞在しました。ここでは、その滞在の間に私が見聞きしてきたことを紹介します。この町はインディアナ大学とそのホームコートがある町で、バスケット好きにとっては、素晴らしい環境が用意されているところです。それでは、順を追って紹介していきましょう。私にとって、好奇心をくすぐるものがたくさんありました。
12月27日
出国
自宅を出発してから。。。秋田新幹線こまちで5時間、成田EXで1時間ちょっと、アメリカン航空で11時間ほどでもって、シカゴからアメリカに入国しました。機内では、プログラミング会社の社長さんと同席し、楽しく時を過ごすことができました。Yさん。元気ですか?
入国
シカゴに到着したときは、天気もよく、その後のすさまじい悪天候はまったく予想もつきませんでしたが。。。入国カウンターで、今回の旅行の滞在先がホテルでないため、いろいろ質問をされました。私がチャンピオンのトレーナーを着ていたため、「あんたはチャンピオンの社員か?」などと、聞かれたりもしましたが、、、そして3年ぶりにアメリカへ入国となったのです。そこからインディアナポリス空港まで1時間。実に自宅を出発してから24時間後、そこには、今回お世話になるジョンさんご夫婦が笑顔で迎えてくださっていました。
関係
我々は、インターネットを通じて知り合いました。ジョンさんは、秋田県の大潟村で毎年夏に開催されている、ソーラーバイクレースに、ブルーミントンからアメリカンハイスクール代表として、男女のチームが2年連続出場していますが、そのチームのスタッフとして、彼は来日したのです。
スポーツバー
そして、ご夫婦とともにインディアナポリス空港からブルーミントンに戻り、初めに行ったところが、スポーツバーでした。スポーツバーというのは日本にもあるのでしょうが、私の住んでいるあたりではちょっと見当たりません。これは、バスケットの試合を(このときはインディアナ大学のアウェイゲームでしたが)店内中のあらゆるTVと、大型モニターに写し、試合の結果に一喜一憂するところなのです。ホームチームのショットが入れば歓声を上げ、手をたたいて誰彼となく喜び合う姿は、初めて目にする光景でした。
IDチェック
また、インディアナ州は、サンフランシスコ、サンディエゴなどと違って、酒を注文するときにIDを見せる必要もなく、その点で楽でした。あっちは店に入るだけでIDチェックがありますから。まあ、私も年をとったということかも。
ゲストハウス
ゲームが終わって、家まで連れていってもらいましたが、なんと家のそばにゲストハウスがありました! アメリカの豊かさを感じました。そこには外を歩いていくのですが、ゲストハウスといっても、私のアパートより広い! シャワー、トイレ、ベッド、洋服ダンス、ガレージ、暖炉、CDラジカセまでがあり、そこを使わせてもらうことになりました。そして、自家製のビールを御馳走になりながら夜は更けていきました。。。
12月28日
この日は、朝から時差ぼけに(英語ではJet lug と言いますが..)よってなんかぼんやりしたまま、午後になり、5:00から、ソーラーバイクチームのスポンサーだった方のご好意でパーティーを開いてもらいました。
ホームパーティー
こっちのパーティーは、日本のそれとはちょっと異なっており、家庭でおこなうものについては、Pitch-in party(ピッチインパーティー) と呼ばれています。これはめいめいが料理を持ち寄るものです。分担の仕方は、(1例ですが、、、)サラダはだれ、サブメインはだれ、メインはだれ、パンとデザートはだれ、というものでした。そして、めいめいが皿を抱え、自分の好きなだけ料理を皿に盛り、それからめいめいが勝手に食べ始めます。それにしても、パーティーでは、アメリカの人はよく喋ります。日本にありがちな「乾杯」も普通はなく、あえて英語で行うとすれば、[toast](トースト)といいながら、グラスを挙げるということもありましたが、それもまれでした。何事にも乾杯がつきものの日本とは違っていました。
12月29日
ニューキャッスル高校公式戦見学

ブルーミントンから、車で1時間30分ほどで、ニューキャッスルという町につきます。この日は、この高校の体育館で数校が集まり、公式戦が行われていました。高校の試合といっても、地下に向かって掘り下げた立派な体育館に、つめれば1000人は入るであろうギャラリー、そして、電光掲示板と、素晴らしい施設でした。プレイもレベルが高く、この日は2試合見ましたが、最後の試合の終了間際には、リングの上に頭の出るダンクを見せられ、会場はスタンディングオベーションで沸きかえりました。
バチュラーパーティー
この日は、1月2日に結婚するジャックさん(ジョンさんの友達)のためのBachlor Party(バチュラーパーティー)に参加しました。私は初めてこのバチュラーパーティーなるものに参加したのですが、このパーティーは、独身最後のパーティーということで、ほとんどの人が何らかのお土産を持参します。それらはすべてジョークもので、笑えるものでした。そして1人1人がジャックさんについての思い出を語り合い、結婚する彼に対してはなむけの言葉を送っていました。
驚いたこと1
この時は男性ばかり20人集まったのですが、驚くべきことに、タバコを吸う人が1人もいませんでした。年齢層は40代から50代です。日本ではこの年代が20人集まって、1人もタバコを吸わないということは考えられませんよね。あとから聞いてみたら、禁煙に対する男性の意識はかなり高いそうです。男性は続々とやめているそうですが、女性がかえってやめられずにいるのが現状だとか。考えさせられますね。
驚いたこと2
アメリカでは現在離婚がかなり当たり前のことになってきているようで、このパーティーで、1人1人が、「何回結婚して、今はどうなのか」ということを紹介しあいました。普通は「1回、結婚は続いている」となるところだと思いますが、「3回や4回」という人も3分の1はいて、現在離婚して1人という人も3分の1ぐらいはいました。「1回、結婚は続いている」という人は少数派でしたよ。離婚大国アメリカですね。
驚いたこと3
ここらへんから、気温が急激に下がり、凍結、降雪で、私のレンタカーでの移動が困難になりつつありました。なんせ、アメリカのレンタカーはスタッドレスをはいていない。これはアメリカの他の車も同じで、ほとんどの車が一年中ノーマルで過ごすようです。道は融雪剤を撒きまくり、除雪とあいまって、日中には何とか走れるようにはなりますが。それに、この頃になると氷点下10℃はあたりまえ。日中の気温も氷点下5℃以下となれば、道もガリガリに凍って、ノーマルでもそれなりに走れるもんでした。最低気温は滞在中氷点下20℃を下回り、日本でもあまり体験できない寒さでした。
12月30日
レンタカー
今日はレンタカーを借りにいく日です。今回はジョンさんがレンタカーの予約をしてくれていて、7日間で、98$という格安なものを見つけてくれていました。しかし、借りるためにはインディアナポリス空港まで行かなければなりません。そのために、ジョンさんはレンタカーを返しにいく人を見つけていてくれました。彼と話しながら、1時間30分ほどでインディアナポリス空港に到着し、彼のレンタカー(AVIS)を返してから私のレンタカーを借りにレンタカー会社のシャトルバスに乗り込みました。インディアナポリス空港のターミナルからはAVISは近かったのですが、私の借りるALAMOは空港からもっとも遠いところにありました。レンタカーは首尾よく借りることができましたが、とにかくレンタカー料金に比べて保険が高い!すべての事故に対応し、車両の損害もカバーされるものに入ったのですが、保険料だけで約150$、まあ、安心を買うのだからこれはこれでいいでしょうけど。。。借りたのはトヨタのカローラ。オートクルーズのついたいいモデルでした。しかしブルーミントンの気候はこれでは対応しきれなかった。。。。
保険
数あるクレジットカードの中には、海外でのレンタカー保険を自動付帯してくれるところがあります。私が調べたところでは、Mastercard Gold では、このサービスがあります。これがあると、ずいぶん助かりますよ。しかし、これはUSAのマスターカードゴールドにはついているのですが、日本のマスターカードゴールドにはないようで。。。しかもアメリカのクレジットカードを日本で取得することは実質的に不可能だそうです。
日本でこのサービス(海外でのレンタカー保険、海外旅行傷害保険の自動付帯)を行っているカード会社をご存知の方、ご一報ください。お待ちしております。
右側通行
久しぶりの右側通行です。「右折は小回り、左折は大回り」と念じながら車を走らせます。アメリカ、カナダでは、信号が赤でも、歩行者がいなくて、左方向から車がこなければ右折してもよいというルールがあります。しかし、交差点によっては、赤信号時の右折を禁止しているものもあるので注意が必要です。また、日本では右折時の緑矢印信号は青信号の後に点灯しますが、アメリカではまずは左折矢印を出して、左折車を先に行かせてからその車線を青信号にします。日本とは逆ですね。
ブルーミントンノース女子バスケット部練習見学

この日は、インディアナ大学の教授Bob Jacobs さんのはからいで、ブルーミントン北高校の練習の見学をさせてもらうことになっていました。この練習環境たるや、素晴らしいものでした。
練習環境とコーチングスタッフ
まず、コーチングスタッフですが、コーチ(この方は以前、州のチャンピオンになったことがある)、アシスタントコーチ男性1人、女性2人の4人体制で25人のチームを指導していました。これだけでも日本じゃ考えられないですよね。
部員はフレッシュマン(日本の中3にあたる)が7名、それ以上が18名ということで、なんとフレッシュマンのためのコーチングスタッフまでいるそうです。
このコーチングスタッフは全員ボランティアということで、学校の教員ではありませんでした。後からボブさんの奥さんに聞いたのですが、このヘッドコーチは部員たちにたいへん信頼されており、奥さんいわく、「自ら範を示す素晴らしい人物」とのことでした。
体育館はこの時、フレッシュマン(日本の中3)用に2面、そしてそれ以上(日本の高校生にあたる)の部員のために1面が用意されていました。ここはギャラリーを収納するとなんと3面!そして暖房完備! 寒い中で練習している私にしては、天国みたいな所でした。このほかには屋内プールが50M正式サイズで8レーン、ウエイトトレーニングルームが完備という環境でした。これが高校の施設とはどう見ても思えませんでした。とにかく素晴らしい!
練習・試合に関すること
日本と大きく違うのは、バスケットはシーズンスポーツであり、ほとんどの生徒は1年中バスケットボールをやっているわけではなく、先述のBobさんの娘さんは、夏はテニスをしているそうです。しかし、希望すれば夏もやることができるようですが。
練習日程としては、、アメリカでは、どんな大事な試合の前であっても、日曜日は練習は一切なし。土曜日もたいていは休みだそうですが、月曜日に試合がある場合、土曜日に練習があることもあるそうです。
練習は、4時30分からというのが普通で、部員たちはスクールバスでいったん帰宅し、それから各自の車で体育館まで集まってきます。(向こうは16歳から免許がとれます。)練習は2時間から2時間半でした。
試合は、近くの高校が集まって、総当りのリーグ戦で行われ、ホームアンドアウェイ方式です。そしてリーグ戦の結果を集計し、その地区のチャンピオンを決め、そのチームが州の大会に出場する権利を獲得するということでした。試合は月曜や水曜、木曜など平日の6:30ごろから始まります。保護者も見に来ており、私が見にいった試合では、土地柄かもしれませんが、「大騒ぎ」していました。
このほかに、いわゆる「練習試合」も行われていました。「フレッシュマンゲーム」(日本で言えば中3)というものもありました。アメリカでは、学年ごとにゲームが組まれており、新人にもチャンスを与えようという姿勢がありました。
練習メニュー
ランニング、ストレッチ、2メンショットたくさん、ドリブルショットたくさん、ドリブルジャンプショットたくさん、15分シューティング、ポストとウイングの2対2、ハーフコート3対2、ハーフコート3対3、ハーフコート5対5(2−1−2、3−2、マンツーマン)、ゾーンプレスからの5対5(2−2−1、1−2−1−1)、フリースローという流し方でした。フットワークは今頃は毎日はやらないそうです。後は週に2回、練習終了後、トレーニングルームで、ウエイトバーを持ったスクワット、レッグカール、レッグエクステンション、ベンチプレスを行うそうです。
練習では、フレッシュマンとシニアがそれぞれ分かれて練習をすることもあれば、オールコートの練習では、混ざって練習していました。コーチングスタッフもどんどん練習に入って、共にプレーしていました。選手同士のプレーも、ひざがよく曲がっていて、いいフットワークをしていました。
スタッフのプレーは,かなり荒っぽいものでした。聞けば、選手に闘争心を植え付け、当たり負けをしないようにとのことだそうです。
女子ショットフォーム
「アメリカの女子はワンハンドでショットする」というのは、あまりにも有名な話ですが、私もこの点に関してはとても興味がありました。ブルーミントンノースのヘッドコーチに聞いたところ、次のように話してくれました。
「インディアナでは、バスケットのショットは、片手でショットすることが当たり前とされ、結果男女問わず、プレイヤーは片手でショットを打っている。しかし、他の地域では、両手でショットを打つ者もいる。」
ということになると、地域差があるということですね。最初が肝心ということでしょう。
使用ボール
ボールは中学校も高校も同じ6号球程度のボールでした。男子のボールはそれよりちょっと大きいそうですが。
ミニバスケット
インディアナの小学校、幼稚園には、アフタースクールプログラムというのがあって、5歳からバスケットの練習が始められるそうです。ドリブルやショットの練習をして、1日1時間30分ぐらいの練習が希望により可能だそうです。もちろん子供用の低いリングを使っているそうですが。
12月31日〜1月1日
ニューイヤーズイブ&ニューイヤーズパーティー
この日は、アメリカ人にとってのお祭りの日でした。まず、夕方5時から、ジミーさんの家に行って、NCAAのゲームをTVで見ながらの観戦パーティーは始まりました。私は早速酔っ払ってしまって、そこで6時30分ごろから、8時30分ごろまで、ソファーでいびきをかいて寝てしまいました。その後、ジョンさんの友達の家に行ってから、フランスさん(ジョンさんの奥さん)の友達の家に行って、しばらく飲んでいるうちに、新年へ向けてのカウントダウンが始まりました。5分前からクラッカー、変な帽子、笛、その他鳴り物がいろいろ配られ、パーティー参加者20人ほどが全員でニューヨークの公園(なんという公園なんでしょう?)の映像を見ながらカウントダウンをし、0でいっせいにクラッカーを鳴らし、[Happy New Year!]といいながら誰彼となく抱き合ったり、握手しあったりしていました。そこで大騒ぎをしているうちに、英語を話すのに疲れてきてしまって、、、なんせほとんどが知らない人なわけですから、、、そこを2時ごろ立ち去って、次はジョンさんの友達の、眼鏡店のオーナーのところに行きました。ここは客層が違っていて、また違った楽しさがありました。そこでもまたまたたくさん飲んで、結局家に帰ったのは朝の5時30分でした。
ここで5時間ほど眠った後、ある家のアフタヌーンパーティーに行きました。ここでは酒は飲みませんでしたが、話がメインでしたね。とにかく話をしようにも、共通の話題がないのには困りました。でも、無理やり話をしていたような気がします。とにかく、31日から1日にかけては、パーティーのみなんですね。ここは。その後、翌日結婚するジャックさんの結婚式のリハーサルディナーに行きました。
リハーサルディナー
ここでリハーサルディナーについて説明します。結婚式の前には、結婚式で主要な役割を果たす人たちを中心に、結婚式の打ち合わせを兼ねて、ディナーに新郎が招待します。これは誰もがやるものではないそうですが、スケジュールとしては、5:30から軽食をつまんで酒を飲む。6:30からテーブルにてブッフェ形式のディナー、7:30から関係者の打ち合わせというものでした。ケータリングを頼んでのものでしたが、とにかくこちらでは日本のようにいちいち料理を配るということはしません。自分で食べたいもの、飲みたいものを好きなだけ食べたり飲んだりするというスタイルにはちょっと驚きました。ここで初めて会う関係者も多く、みんなが楽しく真剣に打ち合わせをしていました。
1月2日
結婚式

上のちょっと傾いた画像が、今回の結婚式次第です。ウェディングリング交換、キャンドル点火など、日本の結婚式でも同じことを行いますが、この中で、[Response of People(人々の応答?)]は、日本の結婚式にはないですよね。ここらへんは人前式のようですね。
1月3日
インディアナ大学のゲーム

この日は、1日中雪が降り続くという悪天候の中、インディアナ大学とイリノイ大学のゲームが行われました。上の写真でも十分雰囲気は感じることができると思いますが、実際に行ってみるとそれはもう、派手なものです。この写真ではよくわかりませんが、この写真の両側に観客席が連なっています。ホームチームのプレイにはすさまじい声援が飛び交います。インディアナ大学のチームカラーの赤がとても印象的でした。ゲームはインディアナ大学が僅差でものにしたと記憶しています。
この時の入場者数は、吹雪のせいもあって、それほどでもありませんでしたが、パンフレットによると、年間の平均入場者数は、15,000人をはるかに超えているようです。あのボビーナイトも、真っ赤なトレーナーを着て、コートにいましたが、この時は至極落ち着いているようでした。以前彼はゲーム中に激怒して、コートにいすを投げ込んだことがあるとか。。。ゲーム前から、審判といろいろ言葉を交わし、審判も、プレイヤーも、観客も味方につけてのゲーム展開という感じでした。
学校閉鎖
この日は朝から雪が降り続き、気温もかなりさがっていました。ジョンさんの奥さんは、中学校でフランス語を教えていますが、天候が悪く、翌日のスケジュールについてとても気にしていました。夕方から、地元のTV局では、公共施設及び学校の翌日の閉鎖を伝え始めていました。学校閉鎖を英語ではSchool Closed(スクールクローズド)と言っていますが、その日の夜9:00ごろに、地元のラジオ局から、翌日の学校閉鎖を告げられました。学校閉鎖は2日続き、その間は特に何をすることもできず、私は、町をぶらぶらしていました。
ちなみに学校閉鎖になった場合は、基本的にはその学期の最後の方に、キャンセルされた分を付け加えるそうです。しかし、みんな結構喜んでいましたね。
1月4日
アメリカンフットボールの放送を見たり、ジョンさんの奥さんを買い物に連れていったりしていましたが、よく覚えてないんで…
1月5日
レンタカー返却
この日は、15時までにインディアナポリス空港までレンタカーを返しにいかなければなりませんでした。インディアナポリス空港からブルーミントンまでの帰りのバスを予約してもらって、1人ブルーミントンを出発しました。溶けた雪が融雪材と混じって、窓がすぐに汚れてしまい、ウオッシャー液を使いまくりながら、1時間30分ほど走ったところでインディアナポリス市内環状線にさしかかりました。
空港方向への案内があるだろうと、ろくに地図も見ずに走ったのが間違いで、何一つ目印のないままに、環状線を逆方向に入ってしまいました。初めはぜんぜん気づかず、普通に走っていたのですが、20分ぐらい走ったところで、どうも様子がおかしくて、高速を下り、道で人に聞くと、逆だと教えられました。
このころ、ウオッシャー液が切れてしまい、前方視界不良。トラックに汚水を浴びせ掛けられたときには、前がまったく見えず、高速道路上で、窓から顔をだして運転しました。あれは恐ろしかった。そして、高速を入りなおし、予定時刻の40分遅れでレンタカー会社に到着。2:30にブルーミントン行きの私の予約した帰りのバスが出発するのですが、私がレンタカー会社に到着したのがまさに2:30.
まにあわないなと思いながらも、もしかしたらとウオッシャー液のクレームもほっといてインディアナポリス空港に向かいました。そしたら、バスは待っていたのです。この時はありがたかった。急げ急げとせかされながら満員のバスに乗り、ブルーミントンに帰ることができました。
1月6日
ブルーミントンサウス高校訪問
この学校を訪れてまず驚いたのが施設の豪華さでした。入り口はホテルのようで、2重ドアを通りぬけて構内に入ると、1階の左側には全校生徒が1度に入れるカフェテリア、正面の階段を上がって2階には図書館と教室が並んでいましたが、広くて道に迷う!ここでソーラーバイクチームの面々と会いました。ここの訪問をセッティングしてくれたのは、この学校の物理担当、シンディ先生です。先生はソーラーバイクチームのマネージャーとして毎回来日していますので、私も顔見知りでした。大変よくしてくださいました。
日本語クラス
日本語クラスの授業を見学しました。担任はボスハート先生でした。この日は2時間遅れで授業が始まり、50分授業(いつもは90分だそうです)ということで、授業内容は、絵馬の絵に自分の夢や願いを日本語で書く。それからコンピュータールームにいって日本のサイトにアクセスしてお御籤を引き、その結果をプリントアウトしてくる。というものでした。クラスの生徒たちが、「あけましておめでとうございます」とあいさつしてくれたのにはちょっと感激してしまいました。
日本語は好き?
そのクラスはとても雰囲気がよく、日本語で自己紹介をさせてもらったり、「日本語は好きですか?」なんて間抜けな質問もしてしまいましたが、みんなが日本語が好きだと答えてくれました。これは、やはり、自らの希望で学習しているからでしょうね。日本の中学生に同じような質問をしても、こうはいかないですよね。この学校では他にスペイン語とフランス語が学べるそうです。いいですね。。。うらやましいですね。
メールアドレス
そのクラスの生徒は、全員が自分のメールアドレスを持っていました。すごいですよね。授業の終わりに1人1人が自分のアドレスを私にメモしてくれました。その中の1人は、メールの中にトーマス・マンの言葉を引用していました。ところで、トーマスマンって誰でしたっけ?
カフェテリア
さて、お昼になり、カフェテリアで、昼食を調達することにしました。勝手がわからず、先生につれていってもらいましたが、ここには2つの方法があり、保護者が高校の口座にあらかじめ現金を振り込んでおいて、それを食べ物を買うときに、カードで決済する方法。もう1つは現金で買うところでした。食べ物はハンバーガーとタコス、ジュースぐらいしかなくて、日本の給食のように、栄養を考えてということはなさそうでした。昼休みはたった30分!でした。
物理の授業
午後は、シンディ先生の物理の授業を見学しました。その日は「圧力」の授業で、授業時間は90分。生徒は38人。とっても全員で実験をやれるような人数ではありません。しかし、生徒の興味をそそるように、いろいろに工夫されたよい授業でした。
学校の環境
時間割(モンローカウンティ中学校)
| 1校時 | 8:54〜9:44 | 4校時 | 12:00〜12:50 |
| 2校時 | 9:47〜10:37 | 5校時 | 12:53〜13:43 |
| 3校時 | 10:40〜11:30 | 6校時 | 13:46〜14:36 |
| 昼食 | 11:30〜12:00 | 練習 | 17:30〜ぐらい |
これをみるとわかるように、休み時間が3分、昼休みが30分です。これはつらいですよね。ちなみに休み時間2分というところもあるそうです。しかも生徒は教室から教室に移動しなければならず、途中自分のロッカーにしまってある教科書を取りにいかないといけない為、走っている生徒も数多くいました。
教員の給料
アメリカの職業は、学歴によって給料の違いが歴然としています。それも単に大卒、高卒などの分け方ではなく、大卒でも、修士課程卒業、博士課程卒業などで違い、1つ上の課程を卒業することによって、大雑把に言って100万円の差がつくそうです。この点では、学歴社会なのは日本よりもアメリカだという気がします。
修士課程卒業のハイスクールの先生は、年俸45,000$もらっているといっていましたが、大卒でミドルスクール(日本の中学校のようなもの)の先生は、年俸30,000$ぐらいだと言っていました。はっきり言って良いとはいえないのが、こちらの教員の給料でしょう。これでもクリントン大統領の教育政策によって上がったのでしょうけど。。。
教員の持ち時間
基本的には空き時間というのはないようです。ただ、すべての先生には1時間の準備時間が保証されているということでした。しかし、1週間の持ち時間が25時間というのは多いですよね。また、会議はすべて放課後に行われているそうです。
1月7日
モンローカウンティのある中学校練習見学

練習ゲーム
上の写真は、モンローカウンティのある中学校の練習ゲーム(マンデーナイトゲーム)の様子ですが、手前に見えるのが、チアガールです。練習試合にまでチアガールがくるのは、アメリカならではですね。
練習メニュー (モンローカウンティ??中学校)
フリーショット、ストレッチ、軽いフットワーク、ドリブルドリル、2メンショット、ナンバープレイの練習、スクリメージ、ハーフコート5対5といった感じでした。
その他
体育館の入り口では、ポップコーンとコーラを売っていました。練習試合でですよ。
1月8日
帰りはちょっとトラブってしまいました。ジョンさんに空港まで送ってもらいながらも、天候不順が心配でした。まず、私が予約していたインディアナ発シカゴ行きの便はキャンセル。幸運にも、予定便の1つ前の、同じくシカゴ行きの便が遅れてインディアナポリス空港に到着するところだったために、その便に乗ることができました。結果として、時間までにオーヘア空港に到着することができましたが、機体の解氷作業のために、出発が2時間遅れ、成田到着が1時間ほど遅れてしまいました。秋田への最終に乗り遅れ、東京駅そばのホテルに泊まって翌日帰ってきたのです。
おわりに
思い返してみれば、アメリカまで大枚はたいて行きながら、観光は一切せず、バスケットボールと学校と、バーとパーティーだけの毎日でした。NBAを見に行くのが当初の目的だったわけですが、ご存知の通り私が帰国した後で、やっと試合の開催が決定し、残念なことをしました。まあ、またいつか行けるでしょうからね。
ジョンさん。奥さん。ソーラーバイクチームのみなさん。各校の先生方、コーチの方々、生徒の皆さん。パーティーでお邪魔したインディアナの方々。みなさんありがとうございました。また、縁があったらお会いしましょう。
99/1/31 2:22:22 自宅にて完成